June 2011
雑司ヶ谷の甘味処「よしの」で、常連客が「人類史上最高の音楽家は誰か」という死ぬほどくだらない議論に花を咲かせる場面。ジョン・レノンやマイルス・デイヴィスといった名前が飛び交う中、店主の香代は「オザケンだよ。小沢健二」と断言する。
その場に居合わせた五人ほどの男たちは、腹を抱えて笑い転げた。角井なんぞは目に涙さえ浮かべている。
「東大を出たことが取り柄の、あのお坊ちゃんか。おい。俺たちはな、『あの人は今』の話をしてるんじゃねえんだ。人類史上最高の音楽家は誰かって話をしてるんだ」
香代の笑顔は勝ち誇ったものに変わった。(中略)
「あんたら、『さよならなんて云えないよ』の歌詞をよく読んでみな」
「知らん」
そう言われた香代は、「さよならなんて云えないよ」を、その場で朗々と歌い上げる。まる1ページにわたる歌詞の引用がうれしい。
そして、タモリの話を引き合いに出して、長々とオザケンの素晴らしさを語り始める。
「むかし、いいともにオザケンが出たとき、タモリがこう言ったの。『俺、長年歌番組やってるけど、いいと思う歌詞は小沢くんだけなんだよね。あれ凄いよね、“左へカーブを曲がると光る海が見えてくる。僕は思う、この瞬間は続くと、いつまでも”って。俺、人生をあそこまで肯定できないもん』って。あのタモリが言ったんだよ。四半世紀、お昼の生放送の司会を務めて気が狂わないでいる人間が! まともな人ならとっくにノイローゼになっているよ。タモリが狂わないのは、自分にも他人にも何ひとつ期待をしていないから。そんな絶望大王に、『自分はあそこまで人生を肯定できない』って言わしめたアーティストが他にいる? マイルスに憧れてトランペッターを目指すも、先輩から『おまえのラッパは笑っている』と言われて断念して、オフコースが大嫌いで、サザンやミスチルや、時には海外の大物アーティストが目の前で歌い終えても、お仕事お仕事って顔をしているあの男が、そこまで絶賛したアーティストが他にいて? いるんなら教えてちょうだい。さあさあさあ」
ウメ吉が舌打ちをする。タモリが言うんならしょうがねえかといった表情だ。
このくだり、すげえ笑った。無闇やたらに熱い。「タモリが言うんならしょうがねえか」という表現もまた絶妙で可笑しい。
「あれはどういう意味だ。“嫌になるほど続く教会通りの坂降りて行く”ってのは」
豆腐屋の謙吾が訊ねた。こいつは「豆腐の角に頭をぶつけて死ぬことは可能か」を確かめるため、豆腐屋になったという変わり者だ。
「“教会通りの坂”は神に定められた私たちの人生のこと。それが“嫌になるほど続く”と思っていた歌の中の主人公が、“左へカーブを曲がると、光る海”、つまり、産み。生を肯定して、“この瞬間は続くと、いつまでも”って自己回復していくの」
謙吾がなるほどと顎を擦った。こうなると香代の独擅場だ。
香代のオザケン論は、この後もまだまだ続く(ところで独壇場じゃなくて「独擅場」と正しく表記してるのも好感持てる)。
樋口毅宏「さらば雑司ヶ谷」の一節、らしい。
こんなにすばらしい引用句を見せられたら、買わないなんて云えないよ。
(via kagariharuki) (via ag107) (via pipco) (via bon555) (via suyhnc) (via mcsgsym) 2010-01-29 (via gkojay) (via indivi) (via theemitter) (via shinoddddd) (via tiga) (via bo-rude) (via monoprixgourmet)